田園調布 エリアの公園です
※児童公園、児童遊園は小規模かつ数が多い(375箇所:2005.4.1現在)ので、対象には含みません。
■田園調布一丁目東公園 - 田園調布1-22
■多摩川台公園 - 田園調布1-63
■宝来公園 - 田園調布3-31
■東原くすのき公園 - 田園調布本町1
■田園調布南公園 - 田園調布南3-8
■田園調布せせらぎ公園 - 田園調布1-51,53
<番外編>
■六郷用水散策路
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※児童公園、児童遊園は小規模かつ数が多い(375箇所:2005.4.1現在)ので、対象には含みません。
■田園調布一丁目東公園 - 田園調布1-22
■多摩川台公園 - 田園調布1-63
■宝来公園 - 田園調布3-31
■東原くすのき公園 - 田園調布本町1
■田園調布南公園 - 田園調布南3-8
■田園調布せせらぎ公園 - 田園調布1-51,53
<番外編>
■六郷用水散策路
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くすのき公園というのに、くすの木が無い。でも、いい加減な名前をつけたわけではない。大きなくすの木が、公園の中央にシンボルとして堂々と存在していた。理由はわからないが、1年ほど前に伐採されてしまった。以前を知る者にとっては、何だかさびしい。
しかし、おかげで以前より、明るく、広々とした感じになった。ウィークデイには子供たちの遊び場となっている。 すぐ隣に東海道新幹線の線路があり、上から新幹線や横須賀線を見ることが出来る。新幹線鑑賞用のブースもあり、幼い子供には楽しい。
夏場には人口の川が稼動するので、子供たちの水遊びには最高だ。
アスレチック風のすべり台や丸太渡りなど、施設もそこそこ充実している。
でも、あの立派なくすの木が懐かしい。子供たちを見守っていた精霊がいなくなったようで、やはり寂しい。
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地域の子供たちには「ターザン公園」と呼ばれている。
田園調布という名前が付いているが、周辺の住宅や町並みの雰囲気はありふれた大田区の景色だ。このあたりは昔は町工場が点在していた。現在は、工場はほとんどなくなり、住宅とマンションが建っている。多摩川のほとりの公園。竣工は昭和59年。
近くに区立嶺町小学校があるので、ウィークデイには子供たちでにぎわっているのだろう。広々としていて、遊戯施設間の広場が大きく、見通しがよい。子供が遊ぶ公園で、見通しの良さは重要だ。変質者が入りにくいからだ。
遊戯施設では、スチールワイヤーに滑車付きロープがかけてある、いわゆる人間ロープウェイがあり、子供にはありがたい。「ターザン公園」と呼ばれる所以だ。他はごく一般的なものだが、砂場もあり、最近では珍しくなった鉄棒もある。
公園内には大田区の災害用備蓄倉庫があり、災害時には公園と合わせて重要な救済拠点になる。
子供向けに徹して作った感じの公園で、ここなら安心して遊びに行かせられそうだ。
最寄の駅は東急多摩川線の沼部駅。
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東急池上線の雪が谷大塚駅から西に760m:徒歩11分にある公園。環状8号線を1区画入ったところにある。周囲は田園調布の高級住宅街。
田園調布には大きな公園はあるが、このような住宅内にある小さな公園は少ない。国内でも芦屋と並ぶ最高級住宅地ということから地価も高く、公園用地の確保は困難なのだろう。下町の住宅やマンション、工場の密集地では緑地を供給する意味や、地域のコミュニティー広場として大いに役に立っている公園もあるが、この辺りでは、このような規模の公園に何を求められているのか考えてしまう。街並みを見る限り、緑地としての公園の存在意義は少ない。各家々には広い庭があり、そこには植木も多く、街全体が公園みたいなものであえて公園に緑を求める必要性は少ない。コミュニティーも下町に比べると希薄のようにも思う。子供の遊び場かな?。でも、それほど子供が多いようにも思われない。たとえ空いた土地があって、大田区が購入して、一般的な公園を作っても果たして利用されるのだろうか?。疑問だ。逆に地域のコミュニティーを強化する目的で住民参加型の公園が出来るならいいかもしれないが、住民の強い意志が必要だ。
話がそれたが、公園としては細長く、北側の広場と南側の遊具広場で構成されている。遊具はコンクリート製のアスレチック複合遊具と砂場、ブランコ、鉄棒。
「夜間、早朝はお静かに!」という看板がそこかしこに立っている。このような地域での公園の難しさの一端も垣間見た気がする。
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東急東横線・目黒線の田園調布駅から南西に330m:徒歩5分の所にある。正真正銘、日本最高の高級住宅街の中にある公園だ。
公園としても古く、起源は大正14年。田園調布を開発した際に、武蔵野の景色を保存するため、当時のデベロッパーである田園調布株式会社がこの地を公園用地として残したことによる。その後、昭和9年に当時の所有者の田園調布会より東京市に寄贈、整備され、昭和11年に大田区に移管された。
田園調布は東急田園調布駅を中心に西側に扇形に道路を配したことで有名だ。明治中ごろまでのこの辺りはのどかな農村地帯であったらしい。当時はもちろん電車も通っていない陸の孤島のような田舎だったこの地に、中流階級のための住宅地開発を推進したのは、日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一だ。渋沢は清浄な空気と豊かな緑といった田園の長所と生活インフラの整備された都市の長所を組み合わせた、言わばベッドタウンを構想してこの田園調布に実現させた。
面白いのは、当初は中流階級のための生活拠点を考えていたことだ。当時、ここに移転してきた人たちは、ある程度収入はあるが、都心は地価が高くて手が出ない、医者、弁護士、教職者と言ったインテリが多かったということだ。その後、段々高級住宅地となっていき、インテリに代わって富裕層が住むようになった。
周辺の街並みも明らかに他の地域とは異なる。一軒一軒の土地は150坪以下に切り売りできないように大田区の条例が定められていて、景観も守られている。誰だったか、バブルの頃に成金が引っ越してきて、隣人を尻目に道路でベンツを磨いているなどと言った評論家がいたが、これは誤り。ココに住む人々は道路に車を出して洗車する必要はない。邸宅内でことが済む。邸宅によっては、車庫が道に面しておらず、外からはどんな車を乗っているのかさえわからない場合もある。車寄せがある邸宅もある。庶民の想像力では計り知ることはできない。
公園はまさに武蔵野の森といった雰囲気だ。丘陵地の公園なので、高低差があり、変化に富んでいる。田園調布駅寄りの東側が最上部で、多摩川台公園寄りの西側が最下部となる。公園内は散策路が縦横無尽に通っていて、散歩するにはいい。高齢の方でもいい散歩コースだ。樹木も様々。公園入り口のガイドパネルには約70種1500本の樹木が繁っているとある。
公園上部には梅園もあり、梅の本数も多いのだが、どうもあまり木に元気がない。梅の時期にも訪れたが、ちょっとがっかりだった。梅園の周囲は広場になっていて、テラスもあって落ち着ける。面白いジャングルジムもある。
公園中間部は深い森に囲まれた散策路。さらに下りて公園下部に行くと、池がある。
池にはアヒルやカモなどもいる。池の水はポンプによる循環式。大分濁っていて、水質は悪そうだ。浄化システムが必要かもしれない。
池の端には池全体を見渡せるテラスがせせり出ている。自分が幼少のときに、ここで鯉にえさをやった覚えがある。今は濁っているので鯉も見えない。
池の南部は広場になっていて、ブランコやすべり台が一体となったアスレチック複合遊具たバーゴラがある。
この広場脇には桜が植わっていて、開花の季節には綺麗だ。
多摩川台公園にはとてもかなわないが、宝来公園から多摩川台公園へと桜見物で散歩すると、楽しい。
池の周囲にはアヤメやアジサイが植えられている。また、公園東北側は椿の森があって冬場はこれも綺麗だ。訪問したときはアヤメとアジサイが美しかった。
公園中間部には噴水がある。昔ながらの丸い池の中央に噴水がある作りだ。これもこの公園の歴史を感じさせる。公園中間部には休憩所もある。
尚、公園の名前はもともと宝来山古墳があった所だったことに由来する。
自分の話で恐縮だが、幼い頃、いとこが我が家に遊びに来たときに、たまにこの公園に皆で来た思い出がある。当時は整備された公園は少なく、ここの公園らしい雰囲気が好きだった。
ここは当時とほとんど変わっていない。昔はもう少し明るかったような気がする。木々が生長して、今はさらに深い森になった。
高級住宅街にある公園にふさわしく、落ち着きと品格を持っている。子供たちがギャーギャー言って遊ぶ公園ではない。静かで、ゆったりと物思いにふけるには最高の場所だ。恋人たちのデートコースにするのもいいだろう。お金持ちになった気分で、散策できる。
周辺の住宅を眺めながら散歩するのも面白いだろう。住民の方には憩いの公園、来訪者にとっては非日常を体験できる場所である。
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東急多摩川線・東横線・目黒線の多摩川駅から東に70m:徒歩1分のすぐの所にある。ここから北東方向に広がる670mの長さ、幅50m~120mの長い公園だ。田園調布の超高級住宅街の多摩川沿いに位置する。田園調布の概略は宝来公園を参照。
東京ドームの1.4倍という大きな公園だ。丘陵地にあり、かつ縦に長いので非常に変化に富んでいる。その分紹介する写真も多くなった。
多摩川台公園は大田区を代表する公園の1つと言っていいだろう。多くの古墳が発見されていることでも有名だ。この丘陵は多摩川沿いに、世田谷区の野毛あたりから、本公園の亀甲山古墳群、さらに鵜の木一丁目横穴墓群へと続いており、古代の古墳群が数多く見つかっている地帯だ。本公園内北側には宝来山古墳、公園南側には亀甲山古墳、この2つの前方後円墳の間の、公園中央付近に8個の小円墳が点在する。多摩川台古墳群と呼ばれている。
以下、公園北東の田園調布方面から南東の多摩川駅までたどってみる。東急東横線、目黒線の田園調布駅から南西に600m:徒歩9分、途中宝来公園を経て坂を上がると入り口がある。ここは宝来山古墳だ。
本公園の宝来山古墳部分は入場時間に制限がある。詳しくは下記公園データ参照。
以下は古墳紹介のパネルに掲載されている内容。
宝来山古墳は全長約97mの前方後円墳で、4世紀に築かれ、この地域最古のものだ。亀甲山古墳の前方部がこの古墳とちょうど向き合うように造られている。昭和9年に発掘工事が行われ、数々の出土品が発見された。これらは現在、大田区郷土博物館と慶応義塾大学に展示・保管されている。平成7年の公園整備にともない、さらに調査が行われ前方部にも埋葬施設があることが推定され、前方部の先端が「撥状」に広がっていることも確認された。前方部は現在は私有地になっている。この古墳は多摩川流域の古墳時代を解明する上で重要な遺跡として、平成8年に東京都指定史跡に指定された。この部分は平成8年に新たに多摩川台公園に追加された。
公園の内部だが、あとで紹介するあじさい園とともに、こちらもアジサイが綺麗だ。前方後円墳の中央を突っ切る形で散策路が作られている。古墳南側に広場があって、ここに上記の古墳紹介のパネルや樹林紹介パネルがある。
南側の出入り口を出ると大きな自由広場に出る。
自由広場と名づけられた北側の広場だ。多摩川台公園には大きな広場は2つある。もう一つは中央にある運動広場だ。
自由広場には遊具もある。ジャングルジム、ブランコ2連が2台、すべり台、雲悌風の遊具、幼児用遊具、砂場。芝生敷きの広場で、広く明るい。
自由広場の東南側は8番目の小円墳がある所だ。外からはただの林で、わからない。古墳部には入れないようになっている。
8番目の小円墳脇を通ってさらに先へ行くと、虹橋という赤い欄干の橋に出る。
橋の下は、多摩川べりを通る玉堤通りと田園調布を結ぶ道路が走っている。この橋も絵になる橋だ。森の中にかかる橋で、散歩の途中のいいアクセントだ。
ここから先は7個の小円墳が縦に並んでいる。やはり外からはただの小山にしか見えない。7個の小円墳の両脇が散策路となっている。武蔵野の林を満喫できる。
高台の公園なので、南には多摩川と川崎、北には田園調布の街並みを一望できる。
やはり田園調布の街並みは他とは異なる。落ち着いていて、優雅で気品に満ちている。見てわかるように住宅街にもかかわらず緑に溢れている。
小円墳脇の散策路には、どんぐりの木が多い。そのため、秋になると子供たちがどんぐり拾いにくる。季節を通して楽しめる公園だ。
さらに南下すると、左手に大きな広場が現れる。運動広場と名づけられた広場だ。
ここは運動会も出来るようになっている。近隣の幼稚園などが秋になると運動会を行っている。娘の運動会で何度となく来た思い出がある。詳しくは以下公園データ参照。
運動広場にも遊具がある。ブランコ、鉄棒、砂場、幼児用遊具など。運動広場南側には大田区の平和都市宣言の母子像がある。平和の森公園の平和の広場にあるものと同様に母が子を抱っこしている像だ。
運動広場東南の中央入り口脇には、洒落た建物がある。公園管理事務所を兼ねた古墳展示室だ。
多摩川台公園を訪れるからにはぜひ古墳展示室に立ち寄ることをお勧めする。中には、宝来山古墳、亀甲山古墳、8個の小円墳や大田区の他の古墳群の分布を示すボタンで点灯する立体地図や、古墳時代の生活の様子や、宝来山古墳の出土品のレプリカなども展示されている。大田区の太古の時代の様子がよくわかり、とても勉強になる。許可を得て内部を撮影させてもらった。
多摩川台公園は出入り口がたくさんあるが、古墳展示室脇の中央入り口があえて言うなら正面入り口だろう。東急の多摩川駅の南口を出て右に進むと、左手に真っ直ぐな長い坂道がある。その坂道を上りきると公園中央入り口だ。個人的にはこのルートが一番好きだ。落ち着いた周辺の住宅を見ながら、上ってくるのも面白い。
中央入り口を入って南側の多摩川方面に進むと、見晴らし台に出る。眼下に多摩川、遠くに川崎の等々力緑地、空気が澄んでいればさらに向こうには丹沢山系や箱根や富士山が見える。また、ここから見る地平線の山々に沈む夕日は最高だ。
見晴らし台の北側は、亀甲山古墳(かめのこやまこふん)だ。以下は紹介パネルに掲載の内容の抜粋。
この古墳は大田区から世田谷区にかけて点在する荏原台古墳群の中でも最大の前方後円墳だ。発掘調査は行われていないので、詳細は不明だが、埴輪、葺き石等がないことや、古墳の形から、5世紀前半ごろの築造と考えられている。当時、この地方に勢力のあった首長の墓と推定されている。この前方後円墳は、港区芝公園内にある丸山古墳と並んで、都内の代表的古墳である。昭和3年、国の史跡に指定されている。
亀甲山古墳より南:多摩川駅方面に行くと、水性植物園が現れる。
ここまで来ると、雰囲気が一変する。深い森が続いていた今までの北側・中央部分とは打って変わり、開放的な空間が広がる。水性植物園とそれに続く野草園は調布浄水場の跡地を利用して出来た公園だ。したがって、昔はここより先は無かった。比較的新しく公園となった部分。
沈殿池が水性植物園に、ろ過池が野草園に生まれ変わった。水性植物園にはウッドデッキが渡してあり、水性植物園の中を散策せきる。ヒメスイレン、アサザ、ハナショウブ、アヤメなどの植物が植えられている。子供たちが何やら一生懸命に採っていた。水性昆虫がいるのだろう。
野草園は花壇で構成され、スズラン、シバザクラなどの野草を中心に様々な草花が植えられている。浄水場の跡地のため、周囲が四角く段々に囲われている。それがヨーロッパの宮殿にある庭園のような雰囲気を醸しだしていて、格調がある。現代彫刻が南側にあるのだが、これがとても良くマッチしている。
さらに南へ行くと、あじさい園に行き着く。
あじさい園は7種類、3,000株のアジサイがそれは見事だ。訪問した日は6月中旬、まさに旬とばかりに咲き誇っていた。これだけの規模のあじさい園はそうざらには無いだろう。さすがに、ここには人だかりが出来ていた。すばらしい庭園だ。自分の幼いころの記憶だと、確かこの辺りは??園というビアガーデンのような山の上のレストランがあったはずだ。その頃からアジサイが咲き誇っていたかは思い出せないが、そのレストランで家族で食事をした記憶がある。
多摩川台公園は桜の名所でもある。自由広場、運動広場、見晴らし台には壮観な桜並木がある。全部で約300本の桜の大木が豪華絢爛な景色を作り出す。開花の時期には必見だ。大田区のお勧めお花見スポットの1つだ。見晴らし台では頭上はピンク一色になる。屋台も出る。又、野草園には梅の木も数本植わっていて、2月はこれも美しい。
大田区の公園の中でも、大きさと樹木の豊富さでは屈指のスケールだ。神聖な地として、古代から延々と残されてきた悠久の地でもある。大田区民のみならず、遠方からも人々が訪れる。大田区が誇る公園の一つだ。私事だが、自分にとってもここは幼い頃からのふるさとの原風景だ。いつまでもこのまま残していって欲しい。
多摩川台公園のパンフレットと多摩川台公園の古墳群のパンフレットがある。以下公園データ参照。
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東急多摩川線・東横線・目黒線の多摩川駅の改札を出て東出口すぐに公園表門がある。まさに駅前公園だ。田園調布から多摩川、沼部にかけての超高級住宅街の中にある。田園調布の概略は宝来公園を参照。
正式にはまだ産声をあげていない公園だ。予定では平成19年:今年には正式に公園としての整備が完了することになっている。
私はこの地の変遷をつぶさに見てきた。資料によると1925年:大正14年に多摩川園遊園地が開園した。私の知る遊園地は小規模のものだが、他に娯楽の少なかった昭和30年代では、貴重な娯楽施設だった。メリーゴーランド、お化け屋敷、ビックリハウス、ミニコースター、その他数々の乗り物、サル山もあった。今とは全く異なるにぎやかな場所だった。駅前の商店街も活気に満ちていて、飲食店が軒を連ねていた。親にせがんではよく連れてきてもらったものだ。
その後、1979年:昭和54年に遊園地は閉園となり、跡地は東急が経営する多摩川園ラケットクラブと言う高級テニスクラブに生まれ変わった。フェデレーションカップなどの国際大会も開催された。しかし、バブルの崩壊とともに、これも行き詰まり、2000年:平成12年に閉園。駅名もこれまでの「多摩川園」から「多摩川」に改名した。
2001年:平成13年に跡地の一部・北側の2/3ほどを大田区が取得した。平成14年から公園として暫定利用されている。南側部分は現在は宗教団体の施設になっている。
ここの森は遊園地時代からさほど変わっていない。カシやシイなどの常緑樹とケヤキやエノキ、クヌギ、コナラなどの落葉樹が混在し、武蔵野の雑木林を残している。
また、崖線沿いには、湧水が湧き、その水が流れ込むため池(ビオトープ)が2箇所、観賞用に造られた池が3箇所あり、それらを結ぶ流れなど、自然のせせらぎがある。公園の名称の由来でもある。
水源は2箇所あり、これらを合わせた水量は毎分2~5リットル、400トン/1日と豊富だ。公園内には湧き水を利用した滝もある。これも昔からのものだ。
多摩川駅前の表門を入ってすぐ右側には、大きな休憩所がある。これはテニスクラブ時代にセンターハウスとして使われていたものだ。そのまま引き継いで休憩所と集会室、多目的室として利用されている。集会室、多目的室の問いあわせは以下公園データを参照のこと。休憩室には自動販売機も置いてある。
テニスコートの跡地ということもあり、公園内には草っぱらと多目的広場がたくさんある。案内図によると草っぱらは計5箇所、多目的広場は計3箇所ある。
まだ、遊具等はない。整備が完了すると設置するのだろうか?。以下は草っぱらの紹介写真。
園内には散策路が縦横上下に走っていて散歩にはとてもいい。丘陵の公園なので、お年寄りには階段がちょっときついが、ご自分の足と相談して巡ってみてはと思う。
静かで落ち着ける佇まいだ。以下は多目的広場の紹介写真。
私の場合は、ここに来ると時代の流れをいやおうなく感じさせられる。華やかで喧騒にまみれていた遊園地時代、お金持ちの社交場だったテニスクラブ時代:このときは入ったことはないが・・・、そして現在。そんな変遷をたどってきても、ここの緑が変わらず昔のまま保たれたことはとても歓迎すべきことだ。
しかし、現在のままではちょっと寂しい。駅前なので、ただ公園だけというのも、愛想がないように思える。休憩所に洒落たレストランを開業するとか、公園と駅の間の駐車場跡の自由通路を民間に貸し出して、カフェテラスを設置するとか、何かちょっと田園調布らしいアクセントがあったらいい。
今後、この公園がどう変わっていくのか楽しみだ。正式に公園デビューしたら又、追加レポートしたい。
なお本公園は夜間は利用できない。利用時間は以下公園データ参照。
【追記:2008.06.08】田園調布せせらぎ公園が正式にオープン
田園調布せせらぎ公園が正式にオープンした。以前とあまり変わっていない。自然公園がポリシーなので遊具は無い。遊具で遊びたい向きは東急多摩川駅の東側の多摩川台公園に行けばいい。目に見えて変わったところは、20台収容の駐車場ができたこと、公園案内板がきちんとしたものになったこと、北門近くに身障者も使えるトイレが新しくできたこと。園内の案内標識が新しくなったこと、遊歩道の手すりが修復されたこと、など。
でも、この公園はこれでいいと思う。自然公園が一番良く似合う。湧き水があるので 出来れば、蛍の育成地にしていただけたらとてもいい。
気になるのが公園と東急多摩川駅の間の空間。なんとも殺風景だ。田園調布らしい、洒落たカフェがここにあったらいいだろうなー。
公園とは関係ないが、公園東門を出てちょっと歩いたら、浅間神社のお祭りだった。高級住宅街のお祭りだ。昔よりは規模も小さくなってしまったが、露天の屋台が並び、子供たちで賑わっていた。
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公園ではないので、番外編として掲載した。東急多摩川線、目黒線、東横線の多摩川駅から、東急多摩川線の鵜の木駅までの2.14kmの散策路を紹介する。このルートは旧六郷用水に沿って大田区が整備した散策路の一部で私が気に入っている部分を紹介したものである。多摩川駅、鵜の木駅どちらから歩いてもいいが、今回は多摩川駅から歩いてみた。
多摩川駅を出て多摩川線沿いに鵜の木方面へと道なりに歩く。ちょっと歩くと踏み切りがある。右手には浅間神社があり、真向かいは東急スイミングスクールがある。踏み切りを渡り、道なりに進む。中原街道下のトンネルが現れる。このトンネルを抜けると左手に緑豊かな散策路が始まる。
この散策路は国土交通省の手づくり郷土賞を昭和63年に受賞した。ここには、その受賞記念の碑がある。また、六郷用水の紹介のパネルもあるが、これはかなり痛んでいて見にくい。散策路左手には六郷用水にちなんで、ビオトープが造られている。このせせらぎは人口のもので、ポンプで水を循環させているが、水は湧き水を利用していて、自然に近い状態を形成している。
さらに歩いていくち。途中井戸のような堀があって、鯉を見ることができる。東光院より先は細い流れのみのビオトープで、人口の滝で一端途切れる。
さらに歩いて行くと、新幹線と横須賀線のガードをくぐる。その先は道が二股に分かれているが、この左側の道を進む。
左手に密蔵院というお寺が見えてくる。ここから再びビオトープが始まる。お寺の前のせせらぎは風情があっていい。ちょっと京都っぽい。密蔵院の先に四つ角があり、左手は坂道になっている。この坂を上っていくと田園調布高校に出る。また、坂の途中を右に曲がって上っていくとすぐに大田図書館に出る。散策の途中、図書館で休憩がてら雑誌を読んでみたりしてもいい。図書館では軽い食事も出来る。
再び歩いて行くと、住宅街へと続く。右手には銭湯もある。西嶺町付近の住宅街のビオトープだ。せせらぎは続く。
道は緩やかに左に、右にカーブしている。右にカーブした辺りにちょっと大きな池になった部分がある。ここにも鯉がいる。左手には庚申様がある。江戸時代からの古いもので、当時、嶺村と呼ばれていたこの辺りの守り神だ。実は全部で4体ありそのうち2体がこの散策路沿いにある。この池を左に曲がって進むと西嶺高砂公園があるのでこちらに寄り道しても楽しい。
池の道を挟んだところには桜の大木がある。春にはとても綺麗だ。この桜の木は私が幼い頃からここにある。もう老木と思う。あと何年この桜を眺めることができることだろうか。桜の寿命は50~60年だろうからだ。詳しくはこちら
道をさらに進むと左手はうっそうとした森で、緑がいっぱいだ。ビオトープも続く。このあたりのせせらぎは子供たちの遊び場だ。夏、冬問わず子供たちの歓声が聞こえる。
右手にはヴェルデュリエという名の洒落たフレンチレストランもある。お腹が空いたら立ち寄ってもいい。せせらぎの終点には手漕ぎのポンプのある井戸があり、中原街道下のトンネルの出口から延々と続いたビオトープはここで終わる。
今は観蔵院付近は、六郷用水の上に蓋をされて平坦な散策路となっているが、ここは昔は深い堀となっていて、その下に洗い場があった。近所のおばあさんが時々その洗い場で野菜を洗っていた光景が記憶にある。
ここはせせらぎはないが、深い森が清清しい。よく通る道だが、いつ歩いても好きな道だ。この緑はいつまでこのままでいられるのだろうか。個人の所有地なので、いづれは無くなる運命なのだろう。わがままな願いではあるが、是非、このままで保存していただけたらと思う。大田区に残る貴重な武蔵野の森だ。
道をまっすぐ行くと環状八号線に出る。その手前を右に曲がると東急多摩川線の鵜の木駅に出る。その途中に鵜の木松山公園がある。こちらも寄ってみるといい。最後に遠くまで見渡せる眺望を堪能できて散策の終わりを飾ることができる。
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